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Global Central Bank Focus
ポール・A・マカリー | 2008年11月

レバレッジ引き下げのパラドックスは
断ち切られるだろう

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ポール・A・マカリーの略歴はこちらをご覧ください。

カンザスシティ連銀主催の年次シンポジウムが開かれた8月末以降、私は本欄の原稿を一度しか書いていません1。書かなかったのは怠けていたからではありません。その間ずっとPIMCOのマネーマーケット・資金調達部門の責任者として、文字通り昼夜を問わず働いていたからです。ウォール街ではしばしば、マネーマーケット・資金調達部門は池のようなものであり、MBAを取得したばかりの者が、付加価値の高い部門に異動するまでに経験を積むための一時的な借り住まいか、斬新なアイデアを出す時期を過ぎたシニアな人々の受け皿と見なされています。

 

PIMCOの場合はそうではありません。確かに、現在のパートナーの多くは入社当初にマネーマーケット部門に配属されていますし、ますます白髪が増えている私が、いまだに朝の何時間かはここを拠点にしているのも事実ですが。マネーマーケットというものはおおむね池のように平穏なのですが、例外があります。そしてその場合には、滝のように落ちる急流となるのです。流動性に圧力がかかるのは当然ながら、支払い能力(ソルベンシー)と継続企業(ゴーイング・コンサーン)が問題視される前兆です。ウォール街の独立系投資銀行にお聞きになれば分かるでしょう。

 

PIMCOでは、この点を常に認識していますので、マネーマーケットの運用においては、バランスシートの両側について、保守的な上にも保守的な方針をとってきました。資産担保コマーシャルペーパー(ABCP)は保有していませんし、担保の種類やヘアカット(掛け目)に関わらず、信託銀行など第三者を介したトライ・パーティのレポ取引も使いません。必要な材料は肉とじゃがいもだけ。見映えのいい付け合わせはいりません。その代わり、肉とじゃがいもを、ちゃんと料理しなければならないのです。

 

そのため、PIMCOのマネーマーケット・資金調達部門の仕事量は膨大です。新たに私の右腕となったジェローム・シュナイダーが本格的に始動したのは8月初旬で、最高のタイミングでした。その直後に、世界のマネーマーケットは、急流どころか、轟音をあげながら滑り落ちる滝と化しました。913日から14日にかけての週末、アメリカ財務省とFRB(米連邦準備理事会)が、リーマン・ブラザーズが崖下に滑り落ちて事切れるのを放置するという重大な決断を下したのを境に、金融市場は様変わりし、もう以前の姿に戻ることはないとみられます。

 

この決断が正しかったかどうかは、永遠に分からないでしょう。もちろん、リーマンを救済していれば、足下の世界的な金融危機と、ひいては成長の危機はここまで深刻にならなかったと多くの論者が主張し、非難の矛先をただちに財務省とFRBに向けたのは承知しています。私には正直、よく分からないのです。私に分かっているのは、リーマンが滝壺に落ちて息絶えるずっと前に、世界の金融システムは根底から崩れていたということです。

 

したがって、リーマン破綻後に次々と打ち出された強力かつシステミックな政策は、取られるべくして取られたものだと考えています。リーマンは、不幸な臨界点に過ぎなかったのです。同社に所属していた多くの友人が被った痛手を思うと、いまだに胸が痛みます。運命は必ずしも公平ではなく、時に気まぐれで、移り気なものです。

 

しかし、リーマンを苦しめたものは、世界の金融仲介システムを当時もいまも苦しめているものの現れに過ぎません。それは、流動性のない資産に多大なレバレッジをかけてポジションをとっても、いつでも資金調達できるという見方です。なぜなら、資金を供給する側は常に、借り手がゴーイング・コンサーンだと想定しているからです。

 

システム全体に広がるこの病の性質を理解するには、第一原理に戻らなければなりません。我慢してお付き合いいただきたいのですが、ここからは多少アカデミックになります。しかしながら、第一原理に対する理解が欠けていたことこそが、現在のディレバレッジのパラドックスの根源であり、現在の資産の下方スパイラルと債務デフレを招いた原因であると私は考えています。

 

銀行業務の性質

私が大学で銀行業務の起源について学んだ時には、15世紀のイタリアのメディチ家から始めました。銀行業務はもっとずっと前から存在していたはずですが、私は学びませんでした。しかし、銀行の起源がいつであれ、基礎的な前提はずっと変わっていません。つまり、平常時には、額面で即時の現金化が可能な銀行預金について、国民全体の事前的な需要は、こうした流動性に対する個々人の事後的な需要の合計をつねに上回る、という前提です。

 

したがって、銀行業務の真髄は単純です。銀行は、バランシートの負債側で名目上支えられるよりも多くのリスクを資産側で取ることができます。負債側、とくに預金のかなりの割合は、事実上、満期が永遠に到来しないからですもちろん名目的には満期があり、要求払い預金の場合は一日という短さなのですが。

 

ミューチュアル・ファンドが前夜の基準価額で解約できるのも、この錬金術のおかげです。良識ある人なら誰でも、マネーマーケット・ファンドが例外となる可能性はあるものの、ミューチュアル・ファンドの資産をすべて、前夜の市場価格で売却できる可能性がないことは知っているのですが。経済システムの観点から見れば、これは流動性の幻想です。この点を、ジョン・メイナード・ケインズは見事に表現しています。

「現代の投資市場の状況を見ていると、投資商品の購入を、結婚のように、死など何らかの重大な原因による以外には解消できない恒久的なものにすることが、今日の害悪から救う有効な手段になるのではないかと考えることがある。そうすれば、投資家は長期予想に、しかも長期予想のみに注意を向けざるをえなくなるからである。しかしこの手段を少し考えてみると、われわれはジレンマに直面する。そして、投資市場の流動性は、時には新たな投資の発展を阻害することがあるが、多くの場合、その発展を促進していることが分かるのである。

 

なぜなら、個々の投資家は各自の投資が「流動的」であると思いこんでおり(投資家全体にとって「流動的」であることはありえないのだが)、だからこそ、神経が休まり、進んでリスクを取れるという事実があるからである。もし、個人が購入する投資商品が非流動的なものになると、個人にとって他の貯蓄手段があるかぎり、新たな投資は著しく阻害されるであろう。これがジレンマである。

 

個人が富を貨幣の保蔵または貸付けに使用できる以上、現実の資本資産を購入するという方法を十分魅力的なものにするには(とくに、資本資産を管理せず、それらについてほとんど知識をもたない人に対して)、これらの資産を簡単に貨幣に換えることのできる市場を組織するよりほかに途はない。」2

 

確かに、前夜の基準価額で万人に流動性が供給されるというのは幻想です。しかしながらミューチュアル・ファンドと違って銀行の場合、最終的にはそれほど幻想とも言えません。それは2つの単純な理由によります。第一に、財政当局が保証する預金保険があり、第二に、金融当局(そして、その一段階先にある財政当局)が提供するディスカウント・ウィンドウ(割引窓口)を利用できるからです。つまり、銀行は特異な存在であり、以下の「公共財」を提供しているのです。

 

  • 政府が保証するセーフティ・ネットに基づき、預金者の求めに応じて額面で提供する流動性。 
  • 同時に、期間が長く、よりリスクが高く、必ずしも時価でない融資や証券に投資する能力。この能力を提供できるのは、公共のセーフティ・ネットの存在と信頼性によって、システム全体として、額面での流動性に対する事後的な需要が、事前的な個々人の需要を下回るからである。

 

そうなのです。銀行業務は、政府のセーフティ・ネットによって預金の取り付けから保護されており、実においしい商売なのです。実は、額面での流動性に対する国民の事後的な需要と事前的な需要の差は、銀行システムにとっての「フロート(滞留資金)」であり、バフェット流の保険会社のそれに似ていると言えるかもしれません。

 

しかしながら、銀行業務が実においしい商売であること、流動性のセーフティ・ネットを提供する政府が事実上の株主であることからすれば、レバレッジ比率やコーポレート・ガバナンスやリスク管理など、銀行の経営手法について、政府が口を出したくなるのは当然です。19歳の息子のジョニーの車の自動車保険を払っている私が、息子にあれこれ指図したくなるのと同じです。息子は嫌がっていますし、銀行も嫌がっています。今後、商業銀行に業態を転換する会社も嫌がるでしょう。

 

昔から、銀行家および銀行家になろうとする人々は、煩わしい規制を課されることなく、政府よる流動性のセーフティ・ネットの利点だけを追い求めてきました。19歳の息子や娘たちもそうしてきたはずです。

 

過去30年あまり、政府に規制された正規の銀行の外で、「銀行業務」が爆発的に増加しました。私はこれを「影の銀行システム」と名づけました3。大まかに定義するなら、「影の銀行」とは、レバレッジを効かせた金融仲介者であり、その負債は、通常の銀行の預金と概ね同じように、貨幣化でき流動性があると見なされています。負債は、マネーマーケット・ミューチュアル・ファンドの受益権であることもあれば、金融会社やコンデュイット、ストラクチャード・インベストメント・ビークル(SIV)が発行するコマーシャルペーパー (CP)であることもあれば、独立系投資銀行やヘッジファンドのレポであることもあり、債務担保証券(CDO)の上位トランシェなど、様々な資金調達手段であることもあります。

 

結論は単純です。影の銀行の調達手段は、昔ながらの政府保証の預金ほど優れていないのです。しかし、こうした調達手段が、銀行預金と「同じ程度に優れている」と思われている限り、万々歳でした。レバレッジを高め、規制から逃れ、資産の自由度を高めることが、通常の銀行よりも影の銀行に(格段に)高いリターンをもたらす途でした。

 

ではなぜ、こうした調達手段が、銀行預金と同じくらい「優れている」との見方が受け入れられたのでしょうか。いくつもの理由がありますが、少なからぬ理由が、利回りを高めたいという欲求でした。しかしながら、ここでもケインズが体系的な答えを教えてくれています(強調はケインズによる。)

 

「実際には、種の慣行でしかないものに頼ることを我々は暗黙に合意している。この慣行の本質は―もちろん、現実はそれほど単純ではないが―変化を予想する特別の理由がないかぎり、現状が無限に続くと想定するところにある。これは、われわれが心底、現状が無限に続くと信じていることを意味するわけではない。われわれは広範な経験から、このようなことは到底ありえないことを知っている。

 

長期にわたる投資の実際の成果が当初の期待と一致することはめったにない。また、無知の状態にある人が上下どちらかの方向に間違える確率は同じだから、均等確率を基礎とする平均的な保険数理的期待値を使うことができると論じて、行動を合理化することもできない。なぜなら、無知の状態を基礎とする算術的均等確率の想定が馬鹿馬鹿しい結果に陥ることは、容易に証明できるからである。

 

われわれは実際には、つぎのように想定している。つまり、現在の市場評価は、どのようにして到達されたにせよ、投資商品の収益に影響を及ぼす事実について既存の知識との関連においては一義的に正しいものであって、この知識の変化によってのみ変化する、と。もちろん、哲学的にいえば、われわれの既存の知識は数学的期待値の計算の十分な基礎とはならないので、現在の市場評価が一義的に正しいということはありえないのだが。実際には、市場評価の中には予想収益に何の関係もないあらゆる種類の考慮が入りこんでいる。にもかかわらず、われわれが慣行の持続を頼りにすることができるかぎり、上述の慣行的な計算方法は、われわれの投資に連続性と安全性をかなりの程度までもたらすことができる。

 

なぜなら、もし組織化された投資市場が存在し、慣行の持続を頼りにすることができるのであれば、投資家は、唯一のリスクは近い将来における情報の真正の変化だけであり、その変化の可能性については自分で判断を下すことができるし、しかもその変化の可能性はあまり大きくないと考えて、自分を元気づけて差し支えないからだ。というのも、慣行が維持されると仮定すれば、投資家にとって、投資の価値に影響を及ぼしうるものはこれらの情報の変化だけであって、10年後に投資の価値がどうなるかについてなんの考えももたないからといって不安に明け暮れる必要はないからである。このようにして、もし個々の投資家が、慣行が破綻しないとほぼ信頼でき、また多くのことが起こる前に投資判断を変更する機会があるとほぼ信頼できるとすれば、個々の投資家にとって短期間の投資はかなり「安全」なものになり、したがって、短期間を何度も積み重ねて長期間にわたって続く投資も、かなり「安全」なものになる。したがって社会全体としては「固定している」投資も、このように個々人にとっては「流動的」なものとなるのである。

 

主要な投資市場は、およそこのような流れに基づいて発達してきたはずである。しかし、慣行というものは、絶対的な観点からみればきわめて恣意的なものなので、弱点をもっているとしても驚くには当たらない。十分な投資を確保するという現在の難問のかなりの部分は、慣行のもつ不安定性のゆえに生じているのである。」4 

現在の世界的な金融システム危機の根源にあるのは、影の銀行システムの解消ですが、このように、ケインズは、影の銀行システムがこれほど肥大化したのはなぜなのか、という疑問について本質的で現実的な答えを提供してくれています。それは、時の長さによって補強された慣行に対する信奉です影の銀行の負債が、通常の銀行の預金と「同等に優れている」と見られてきたのは、実際にそうだからではなく、過去にそうであったからなのです。そして、こうした慣習的な考え方は、政府と政府が称賛する格付け機関によって、補強されてきたのです。

 

もちろん、20078月にABCP市場で流動性が枯渇したのを皮切りに、20083月にベアー・スターンズが瀕死状態に陥り、7月にはファニーメイ(連邦住宅抵当公社)とフレディマック(連邦住宅貸付抵当公社)が事実上、国有化され、9月にはリーマン・ブラザーズが現実の死を迎え、こうした慣行は覆されました。もしかすると、やはり影の銀行とは違って、現実の銀行には、過去も現在も特別な何かがあるのかもしれません。

 

そして、それが紛れもない事実であることは、現在、影の銀行システムが、政府支援の通常の銀行システムへ部分的に取り込まれつつあること、また残された影の銀行が、通常の銀行への転換を急いでいることからも証明されています。かつて古臭いと考えていた通常の銀行と同じように、資本と流動性を政府に支援してもらおうというわけです。

 

いまや、新たな常識ができつつあります。レバレッジ資本主義は良いものである、その下振れリスクから守るために、若干の社会主義を導入したレバレッジ資本主義はさらに良いものである、という常識です。

 

おそらく
最後の一文については、不快な思いをする方がいるでしょう。しっくり来てはいけないのです。私も心地よくはないと認めます。いや、告白します。たいていの人がそうであるように、私は、厳密に資本家的な活動と、厳密に公的な活動を分けて考えてきました。常に違いがはっきりしているわけではありませんが、考え方として役に立つからです。

 

私が知るかぎり、釣り道具を買う釣具店は、資本家的な活動を行なう場です。顧客があまり釣り竿や釣り糸を買わなければ、店は倒産します。釣り具販売という事業は、システム全体から見れば重要ではなく、釣りをしない私の隣人をはじめ、納税者が救済する必要がないからです。これに対して、地域の陸運局は、間違いなく資本家的な機関ではなく、公的な機関です。サービスの水準が低くても我慢している点からも分かるように、破綻させることはできません。それは、民間セクターが提供できないサービスを提供しているからです。確かに、民間組織の全米自動車協会(AAA)は新しいナンバープレートを発行してくれるかもしれませんが、免許の更新はできません。更新するには、陸運局という独占体に行くしかないのです。

 

実は、これは完全に正しい訳ではありません。実際には、陸運局は寡占であり、近隣地域にも事務所があります。PIMCOがあるニューポートビーチを管轄するコスタメサの事務所よりも、サンクレメント事務所の方が、サービスが良く、手続きが大変早く済むとの噂があります。つまり、消費者には、時間を買うという形で、コスタメサではなく、サンクレメントに行くという選択肢があるわけです。しかし皮肉なもので、このサンクレメントのサービスがいいとの噂があまりに広がり過ぎて、混雑するようになったので、もう行く人はいない、という噂もあります。

 

要はこういうことです。世の中には民間企業と公的企業があります。そして、両者を組み合わせた銀行業務があります。善し悪しはともかく、これは変えようがありません。というのは、部分準備銀行は、預金の取り付けに対して政府のセーフティ・ネットに依存しており、そのセーフティ・ネットは、定義上、民間セクターがあまねく提供できるものではないからです。この点で、セーフティ・ネットは国防に似ています。国民の誰もが必要としていますが、個々の国民にはそのために支出するというインセンティブが存在しないため、国民全体として税金から支出しているのです。

 

確かに、25年ほど前にあったように、国民の税金で軍事用の便器に800ドルが支出されるといった事態は時に起こりえます。しかし、だからといって、そのことで、公共財が存在するという事実、民間の貯蓄と民間の投資を媒介する安定的なシステムは公共財であるという事実が変わるわけではありません。部分準備銀行システムがもつ満期を変える力が社会に便益をもたらしているのは間違いありません。だからこそ、社会によって支持されなければならないのです。

 

結論

私は、順過程がミンスキー・モーメントを経て逆過程に陥るという、ハイマン・ミンスキーの分析的思考の力を再びご紹介することで、みなさんを喜ばせることもできました5。しかし、もうその必要はありません。誰もがその状態を経験し、「レバレッジ引き下げのパラドックス6」という、債務デフレの病を患っているのですから。民間セクターの誰もが同時に債務を返済すれば、不況を引き起こします。だとすれば、政府はその逆、つまりバランスシートを拡大しなければなりません。そして、アメリカ政府はついに、適切な精力と熱意を傾けてそうしつつあります。

 

これは美しい光景ではありません。むしろ、不快な光景だと言えます。レバレッジ引き下げのパラドックスを断ち切るには、それまで利益を出していた民間セクターの活動の負の側面に公的資金を投入しなければならないという主張にお墨付きを与える点で。最近、スピーチで「忍び寄る社会主義」と言ったところ、会場の後ろにいた年配の方から、「忍び寄る社会主義なんてもんじゃない。駆け足の社会主義だ!」と野次られました。私は、彼を落ち着かせるような反論は持っておらず、多くのものは見る人にしか見えないものだと答えることしかできませんでした。その人の言わんとすることは、私にも会場の出席者にも通じなかったわけではありません。

 

アメリカ政府にも通じていないはずがありません。公共財を提供する民間セクターの活動を政府が支援しなければならないのであれば、少なくとも民主主義社会においては、政府は当然ながら、資本主義の見えざる手を円滑にする欲望を管理するために、ミクロ・マクロ両面でプルーデンシャル・ルールを要求するでしょう。そうです、政府の見える拳と、見えざる手は現在、金融サービスの提供をめぐって、壮絶な腕相撲を繰り広げているのです。そして、政府の見える拳が勝ちつつあります。

 

少なくとも今のところは。資本主義、とりわけ金融資本主義は、貪欲と傲慢によってみずからこの結果を招きました。資本主義は目下、再編され、新たなルールに基づくプレーの方法を学んでいるところであり、そのルールは、まだ書き換えられている最中です。いずれ、資本主義下の銀行家は、高い収益性を求めて、そうしたルールを曲げる日が再び訪れると私は確信しています。そして、それはそれでいいのではないかと思います。結局のところ、本音では銀行システムを陸運局のようにしたいとは誰も思っていないのですから。と同時に、賭博場にしたいとも思っていないのです。

 

再びケインズの有名な言葉を引用しましょう。

「投機家は、企業活動の着実な流れに浮かぶ泡沫としてならば、なんの害も与えないであろう。しかし、企業活動が投機の渦のなかの泡沫になると、事態は深刻である。一国の資本発展が賭博場の活動の副産物となった場合には、仕事はうまくいきそうにない。」

 

ポール・A・マカリー

マネージング・ディレクター

20081113

 

 


 

 

 

1 「時が満ちる時」2008GCBF9月号。

http://www.japan.pimco.com/LeftNav/Featured+Market+Commentary/FF/2008/Global+Central+Bank+Focus+McCulley+Sept+2008
+In+the+Fullness+of+Time+JPN.htm

2  The General Theory of Employment, Interest and Money, Chapter12 Pages160-161, John Maynard Keynes.『ケインズ全集』(第7巻、東洋経済新報社、塩野谷祐一訳、158-159ページ)『雇用、利子および貨幣の一般理論』(岩波文庫、間宮陽介訳、221-222ページ)、訳文はPIMCOによる。

3 「ジャクソンホールにて」GCBF20078/9月号。

http://www.japan.pimco.com/LeftNav/Featured+Market+Commentary/FF/2007/GCBF+August-+September+2007+JPN.htm

4 The General Theory of Employment, Interest and Money, Pages 152-153, John Maynard Keynes.『ケインズ全集』(第7巻、東洋経済新報社、塩野谷祐一訳、150-151ページ)『雇用、利子および貨幣の一般理論』(岩波文庫、間宮陽介訳、209-210ページ)、訳文はPIMCOによる。

5 The Money Marketeers Clubの講演から ミンスキーと中立:順行と逆行」GCBF200712月号。

http://www.japan.pimco.com/LeftNav/Featured+Market+Commentary/FF/2007/GCBF+Dec+2007+JPN.htm

「信用、市場、実体経済:金融システムは機能しているのか? 逆ミンスキー過程」GCBF20084月号。

http://www.japan.pimco.com/LeftNav/Featured+Market+Commentary/FF/2008/Global+Central+Bank+Focus+4-08+Credit+Markets+and+the+Real+Economy+JPN.htm

6 「レバレッジ引き下げのパラドックス」GCBF20087月号。
http://www.japan.pimco.com/LeftNav/Featured+Market+Commentary/FF/2008/Global+Central+Bank+Focus+July+2008+The+Paradox
+of+Deleveraging+JPN.htm

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